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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)44号 判決 1987年1月22日

控訴人(原告) 古市滝之助

被控訴人(被告) 東京国税局収税官吏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取消す。主位的請求として、下谷税務所収税官吏小池和夫が昭和五七年三月二九日東京都台東区北上野一丁目一番九号において控訴人に対してした原判決添付別紙物件目録記載の物件にかかる差押処分を取消す。予備的請求として、下谷税務署収税官吏小池和夫が昭和五七年三月二九日東京都台東区北上野一丁目一番九号において控訴人に対してした原判決添付別紙物件目録記載の物件にかかる差押処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係については、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  酒類販売業の免許制度は、酒類の販売を促進、拡大して酒税の増収を図るという積極的な経済的、財政的目的を有するものではなく、酒税の安定的かつ効率的な確保を図るためその滞納が生じないようにするというもつぱら消極的な財政上の目的を有するものにすぎない。ここにいわれる「積極的な社会経済政策」とは、最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決のいう社会経済の均衡のとれた調和的発展を図る見地の下に、生存権(社会権)の保障及び経済的弱者の保護のためにとられる政策を指すものであり、最高裁判所昭和五〇年四月三〇日大法廷判決に照らしてもこのように解するのが相当であつて、酒税の滞納防止というような消極的な目的のためにとられる政策である酒類販売業の免許制度は右各判決にいう積極的な社会経済政策には該当しないのである。

すなわち、酒類販売業の免許制度は、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置にあたると解すべきであるから、右免許制度が憲法二二条一項に違反するか否かの判断にあたつては、前記最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決の採用する基準よりもむしろ、最高裁判所昭和五〇年四月三〇日大法廷判決の採用する基準によるべきであり、したがつて右免許制度が合憲であるというためには、許可制(免許制)に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつてはその目的を十分に達することができないことが認められることを要するものというべきである。

(二)  ところで、酒税の保全措置については、製造業者に対する酒税法上の課税及び酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(以下「酒類業組合法」という。)が業界全体を対象として酒税の保全措置を講じ(酒類業組合法八四条ないし八六条の五)、業者間の過当競争を防止するための措置も講じており(同法四二条五号、四三条ないし四九条、八二条一項三号、八三条)、酒税収入を安定的かつ効率的に確保する目的は、右の酒税法及び酒類業組合法の各規定により十分に達成されるものと考えられるから、それ以上に酒類販売業者に対し免許制という規制を加える必要性はないというべきである。なお、酒税を確保する必要上営業の自由が認め難いというのであれば、免許制ではなく、むしろ専売制を採用すべきである。

また、酒類販売業者による乱売あるいは過当競争の防止についても、その職業活動の内容及び態様に対する規制によつて十分その目的を達することができ、あえて免許制を採る必要はない。

さらに、酒類販売業の免許制度は、もともと酒税収入確保のためにとられたものではなく、昭和一三年当時それまで造石税方式であつた課税方法に庫出税方式が導入されることになつた際、これに反対する製造業者が庫出税方式を導入するのであれば、まず小売業者に免許制度を導入し、資本的にぜい弱な販売業者のために製造業者の販売業者に対する売掛代金が回収できなくなる(すなわち酒税の消費者への転稼ができなくなる。)事態を防ぐよう強く要求するに至つたため、製造業者を懐柔するための妥協策として採用されたものにすぎないし、酒税の滞納率も昭和一〇年頃より急速に低下していたのであつて、昭和一三年頃には滞納率を低くするために免許制度を急いで導入しなければならない必然性はなかつたばかりか、政府、課税庁自体免許制度が酒税確保にとつて実益があるとは考えていなかつたのである。そして、酒類販売業の免許制度が真に酒税の滞納防止に役立つているかというと、共に物品税でありそのうち製造者が納税義務者である第二種物品税と比較すると、右第二種物品税の滞納率も極めて低いのであつて、免許制度をとることが滞納防止に効果があるとはいえないのである。また、仮に酒税の滞納率が他の類似の間接税より低いとしても、これは酒税の場合には製造免許制度をも採用し、製造者自体を手厚く保護しているからなのである。もつとも、酒税は租税収入中重要な地位を占め、酒税の税率も高く、販売場当りの年間酒税額が大きいとの意見もみられるが、租税収入に占める率については、ガソリンスタンドが消費者に転稼している揮発油税、石油ガス税、地方道路税等酒税に匹敵するものもあり、税率についても、酒税の一部には高いものもあるが、平均すれば揮発油税の方が高いし、販売場当りの年間税額もガソリンスタンドの方が上回つている。したがつて、酒類販売業のみに免許制度をしく合理的根拠は見出せない。

また、酒税法上酒類製造業者には種々の規制措置がとられ、酒税逋脱の可能性は乏しく、また、酒税の逋脱防止のために販売業者をチエツクしようとするなら、免許制度をとらないでもそれは可能である。そして、酒類がとくに逋脱が容易であるということもない。

以上の如く、酒類販売業の免許制度は、これが税収確保のため真に必要かつ合理的な手段であるということはできず、滞納の防止は他のゆるやかな規制で十分達しうるのであり、免許制度は無用の規制手段である。

(三)  酒類販売業の免許制が飲酒運転の防止、アルコール中毒の発生の予防、未成年者の飲酒予防に役立つということも全くない。酒類販売店におかれている自動販売機による無差別販売をみてもそのようなことはいえないし、飲酒運転の予防なら酒を直接飲料とする飲食店営業を規制すべきである。

(四)  本件差押処分は、控訴人が昭和五六年一二月中旬以降東京都台東区北上野一丁目一番九号所在の店舗において酒類の販売をした行為が酒税法九条一項に違反するものとしてされたのであるところ、控訴人は既にその前に福島県東白川郡矢祭町大字中石井字小野沢一〇番地の販売場において全酒類につき酒類販売業の免許を受けていたから、酒税法一〇条各号(但し、法人及び酒類製造業者に関するものを除く。)のうち一一号を除くその余の各号の要件を具備していたものである。

そして、同条一一号の「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」との点をもつて酒類販売業につき免許制度を採用する理由とすべきものでないことは前述したところから明らかであるから、酒類販売業の免許をその販売場ごとに受けなければならないものとする酒税法九条一項の規定は憲法二二条一項に違反する。

2  被控訴人の主張

(一)  控訴人の主張(一)ないし(四)はすべて争う。

(二)  国は国民生活の安定の確保のみでなく、社会経済の発展をも図るべき重要な責務を担つているところ、これらの責務を果すために経費を調達しなければならず、右経費は租税によつて賄われるのであるから、国が租税の保全を図り、財政的基盤の安全を確保することは、積極的な経済政策以外の何物でもない。

酒類販売業における免許制度は、高率な酒税について採用された庫出課税制度を有効に機能せしめ、もつて酒税収入の安定的かつ効率的な確保を図ることを主たる目的とし、併せて逋脱防止を図るために採用された制度であり、酒税の賦課徴収を含む全体としての租税制度の一環をなすものである。そして、租税体系は国の財政需要、社会経済の状況等種々の要素を総合的に考慮してはじめて樹立しうるものであり、いかなる租税体系を組むかは立法府の判断によつて定められるべきである。このように、立法府には納税義務者の決定や徴税手続の決定等の賦課徴収制度についての選択が認められているのであり、庫出課税制度の採用及びこれと密接に関連する酒類販売業の免許制度採用についても、立法府の裁量の範囲内にあるものとして肯定されるべきであつて、これについては、最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決のいう「明白の原則」が適用されるべきことは明らかである。

そして、酒類販売業の免許制度は、その目的のみならず、規制の手段、態様においても合理性を認めることができるのであつて、営業の自由に対するそのような法的規制が租税制度について認められた立法府の裁量権の範囲を逸脱し、著るしく不合理であることが明白な場合であるとは到底いうことができない。

(三)  酒類業組合法は、従来からの免許制度を中心とする酒税法上の酒税保全措置のみでは十分でなかつたため、昭和二八年に酒税法の補完法として制定されたものであつて、免許制度よりもむしろ営業活動の内容及び態様に関する規制の方が効果的であるとの見地から制定されたものではない。このことは、酒類業組合法が制定された経緯を正当に理解するならば、おのずから明らかである。しかして、同法はその二条二項及び三項の各規定から明らかなように、酒税法上の免許制を前提として免許をうけている酒税業者をその適用の対象としているものである。

(四)  酒類販売業者に経営基盤のぜい弱なものが参入したり、過度に販売業者が増加して過当競争が行なわれた場合には、酒類の取引に混乱が生じ、酒類販売業者の経営内容が悪化し、これによつて酒類製造業者の酒類代金の回収が困難となり、ひいては納付すべき酒税の回収も困難となることは歴史的事実である。このため、酒類販売業者に安定した資力、堅実な経営能力を要求し、酒税の保全を期するため免許制度が採用されたのである。昭和一三年頃に酒税の滞納率が低下したのは、昭和六年と昭和一〇年に酒類製造業者のために酒税納付目的のものも含め銀行や政府資金から低利の融資をうけられる制度がつくられたことに負うところが大きいのである。

第二種物品税と酒税では、製造者販売価格(税抜)に対する税率は酒税の方がはるかに高く、また酒類製造業者以外の製造者と酒類製造者では、売上高に占める税額の割合は酒類製造者の方がはるかに高く、酒類製造業者が税負担を消費者へ転稼できず、自らが実質的に負担しなければならなくなつた場合の負担の程度は著るしく大きいものとなるのである。

右の如き状況にありながら、酒税の納付状況が他の間接消費税と同様ないしはそれ以上に良好であることは、むしろ酒類販売業の免許制度が酒税の転稼に役立つていることを示すものとみるべきである。

また、酒類はその原料を国内で容易に入手し製造することができ、酒税を含まない逋脱酒はその低廉さの故に流通性は極めて高いものである。そして、酒税の税率の高さからして、その逋脱による国の損失も大きい。したがつて、酒税法が酒類製造業者だけでなく、酒類販売業者にも規制を加え、もつて酒税の逋脱防止に遺漏なきを期することとしているのも合理的なことといいうるのである。

なお、専売制は免許制度よりも規制の程度が大きいうえに、自由競争による市場価額の形成が妨げられることを理由として、免許制度をやめ、専売制を採るべきであるというのであれば、およそすべての免許制度は専売制に改められるべきであるとの帰結となり、この見解の不当であることはおのずから明らかである。

(五)  仮に、酒類販売業における免許制度がなくなり、酒類の販売が野放し状態になつたならば、アルコール中毒の発生や飲酒運転のような弊害が増加することは必至である。ちなみに、現在右免許制度の運用においては、自動販売機のみによる酒類販売業の免許は付与しないこととし、既に免許をうけている者の自動販売機による酒類の販売については、行政庁による指導のほか業界自体も自粛につとめているところである。

(六)  酒類販売業者の経営の安定を通じて酒税収入の確保を図ろうとする免許制度の目的からすると、過当な販売競争を排除するため、各販売場ごとに「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」か否かを免許の要件として考慮することが許されるのは当然である。

3  証拠<省略>

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決二七枚目裏七行目「酒税収入の確保」の次に「及び酒類の需給の均衡」を加える。

2  同二八枚目表九行目「確保を図るという」の次に、「積極的な」を加える。

3  同二九枚目表五行目の次に、行をかえて次のとおり加える。

「なお、控訴人は、酒類販売業の免許制度は酒税の安定的かつ効率的な確保を図るためその滞納が生じないようにするというもつぱら消極的な財政上の目的に基づくものである旨主張するが、右免許制度がそのような消極な目的による制限ではなく、国が租税収入中に重要な地位を占める酒税についてその確保を図り、ひいては国の財政的基盤の安定を期するという積極的な目的に基づく営業活動に対する規制措置であるとみるべきことはさきに説示したとおりであつて、右主張は採用の限りではない。

その他控訴人は、酒税の保全措置については酒税法による課税及び酒類業組合法による各種の措置がとられていて、さらにこれに加えて酒類販売業者につき免許制をとる必要がないこと、酒類の販売についてはむしろ専売制が相当であること、酒類販売業者による乱売、過当競争の防止については、その職業活動の内容及び態様に規制を加えることで足りること、酒類販売業の免許制が製造業者の販売業者に対する売掛金の回収を容易にするための方策として設けられたものであること、酒税の滞納率は低下し、免許制は滞納防止に役立つてはいないこと、租税収入に占める酒税の地位が格別高いものではなく、その税率もとくに高くはないこと、免許制をとらなくとも酒税の逋税を防止する方途はあること、酒類の需給の均衡を維持するために販売場ごとに免許制をとる必要はないこと等免許制度にはその目的及び規制方法において種々合理性を欠く点がある旨主張し、これらの主張のうちには、それとして一つの見解であることを失わないものもみられなくはないが、右各主張を総合検討しても、なおさきに判示した結論を動かすに足りる論拠とはなりえないものというべきであつて、いずれも採用するに由がない。」

二  よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村修三 篠田省二 関野杜滋子)

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